#FGO 夏イベント「カルデア・サマーアドベンチャー!」でのサイドストーリー、「ソラからのおくりもの withボンクラ5」における、清少納言(水着バージョン)のセリフ、「う~ん、鶏の空音かな?」について、背景を知っているとより楽しめると思うので、知っている範囲で元ネタを示しておきます。 pic.twitter.com/HwLxhZB8kV
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
なぎこさんの「鶏の空音」というフレーズは、『枕草子』三巻本(新潮日本古典集成)第129段「頭弁の、職にまゐりたまひて」のエピソードがネタ元です。この章段は高度な教養の応酬がなされていることから、平安中期の男性貴族と宮廷女房のやり取りの代表格としてとても有名ですね。以下ざっくり私訳。
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
ある日、頭弁(当時「蔵人頭」であった藤原行成(当時28歳))が職の御曹司(中宮の仮御所)へ参上なさって世間話などをしていたのだけど、夜更けになって「明日は宮中の物忌があって、(今晩は)丑の刻まで居ると不都合でしょうから、そろそろ帰りますね」と言って帰っていきました。
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
すると翌朝早く、行成さまから手紙が届いて、「語り足りないことがたくさんあった気がします。夜を徹してあなたと語り合いたかったのですが、なにぶん鶏の声に(そろそろ朝が来るから帰れと)催促されましてね」と、とても美しい字で書かれていました。(私訳ここまで)
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
翌朝に手紙を送る作法はもちろん「後朝の文」を意識しており、つまり「(朝を知らせる)鶏の声に催促されて」とは、「あなたともっと一緒にいたかった」という意味を込めた軽口です。さらに清少納言は筆跡鑑定が得意で有名でしたから、能書家で有名な行成も気合を入れて手紙を書いたと予測できます。
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
この「鶏の声」は、「丑の刻」(午前1~3時頃)が「鶏鳴」という異名を持つことに掛けているわけですが、そこで清少納言は、「夜更けに鳴いた鶏の声って、孟嘗君の話ですね」と返信。こちらは当時の基礎教養であった歴史書『史記』の孟嘗君列伝にある函谷関エピソードに掛け返しているわけです。
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
なおここの原文は「いと夜深くはべりける鶏の声は、孟嘗君のにや」。「ける」は伝聞の助動詞で、ニュアンス込みで現代語訳すると「へぇー、ずいぶん夜遅くに聴こえたとおっしゃる鶏の声ってそれ、孟嘗君のってことなんですよねえ」という感じ。皮肉が効いてます。
というわけで以下孟嘗君の説明を。— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
孟嘗君(田文)は紀元前3世紀頃の斉の王族です。秦の昭王に仕えていましたが、叛乱を疑われて監禁。寵姫を買収して夜中に脱出しましたが、その国外逃走中に有名な関である函谷関に行き当たり(「朝を知らせる鶏の鳴き声が聞こえないと絶対に門を開けない」という有名な関門)、
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
そこでたまたま鶏の声マネが得意な部下がいて、うまい具合に鳴くと周囲の鶏がいっせいに鳴きだし、門番が「もう朝か」と勘違いして開門、孟嘗君は無事に脱出できた…というお話。これは「役に立たないと思われる一芸でも、磨いているとどこかで身を助けることになる」という寓話として有名でした。
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
(やや穿ちすぎな考察かもしれませんが、能書家である藤原行成とそれを見抜く筆跡鑑定の力がある清少納言、逃走劇が有名な孟嘗君と俊足の大英雄アキレウス、一芸が輝くことが多いカルデアと、いろいろなニュアンスが引っかかっている気もします)
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
閑話休題。
皮肉交じりの返事を受け取った行成さま、さっそく清少納言宛に2通目の手紙を書きます。以下再び私訳。
「孟嘗君の鶏は函谷関をかろうじて開かせましたが、これはあなたとわたしの逢坂の関の話です」と、男女の逢瀬を意味するフレーズを混ぜ込むことで、さらにもう一歩踏み込んできます。— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
そしてこの手紙への清少納言の返事が、のちに『後拾遺集』に採られて彼女の代表歌となる歌を含む「夜をこめて 鶏のそら音にはかるとも 世に逢坂の関はゆるさじ 心かしこき関守はべり(夜通し鶏のウソ鳴きで騙そうとしたって、絶対に一線は越えさせませんよ、わたしの関守は気が利くんです)」でした。
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
こうした男性貴族と宮廷女房の、教養と恋を交えた丁々発止のコミュニケーションは、平安中期の和歌文化を代表する一面であり、だからこそ(『枕草子』を記した功績とともに)清少納言の代表歌として勅撰和歌集に採られて後年まで残り、藤原定家によって小倉百人一首(62番)に載るわけですね。
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
また、上記への行成の3通目の手紙は「逢坂は人越えやすき関なれば 鶏鳴かぬにもあけて待つとか(ああ、逢坂の関って今は誰でも通れるらしいじゃないですか≒あなたのいう「一線」って誰でも許すんじゃないですか)」というなかなか下品なもので、清少納言はドン引き閉口してやり取りは終わります。
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
ちなみに後日、行成の手紙は(あまりに達筆でみんなが欲しがり)一通目は僧都の君に、二通目は中宮定子へ献上されましたが、三通目は下品だったので清少納言が見せびらかさずそっと持っていて、その気遣いに行成が感謝する追加エピソードがあります(結局見せちゃって千年後も有名になるという…)。
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
藤原行成は藤原道長を支えた優れた公卿であり、書道も「三蹟」と呼ばれるほどの腕前でしたが、才女にうっかり軽口を叩くと千年たってもネタにされる、という話でした。なおこのエピソードは長保元年(西暦1000年)頃という説が有力で、政治的に非常に微妙な時期でしたが、その話はまたいずれ。
— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
最後にFGOに戻って。
作中でアキレウスの「なぎこ先生が一等賞」という軽口を受けて、なぎこさんが「鶏の空音かな?」と返すのは、上記のエピソードを踏まえていることがわかります。隙あらば教養を挟み込んでくるあたり、実に清少納言っぽくてすばらしいですね。明後日からのPU2楽しみです!(了)— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
(おまけ)
つぶやき終わった瞬間、
・サブストーリーのタイトル「ソラからのおくりもの」って、「空音(そらね)」とも掛かってるんだな
・アキレウスってエルドラドのバーサーカーに「美人だ」って言ってめちゃくちゃ恨まれたエピソードがある英霊だった
という2点に気づきました。いやあ、深い。— たられば (@tarareba722) 2021年09月12日
@tarareba722 義孝行成親子大好きです!親子でも大分性格が異なるところも大好きです!!
— rik (@pllll___co) 2021年09月12日
@tarareba722 鶏鳴狗盗を使った文の返に
鶏の鳴き声で関守を騙すのは無理よー
だって夜に鶏は鳴かないから〜みたいなのがあったような
— うっつん🐯ff14 どハマり (@hiennoyome) 2021年09月12日
@tarareba722 たらればさんの解説待ってました!
— グラサン (@jackmalt) 2021年09月12日
@tarareba722 解説ありがとうございます
ここ分からなかったので助かりました
FGO細かいネタ多過ぎんぞー
PU2に向けて諭吉一枚入れました— 明日頑張るマン (@dodOETt7CNjul2I) 2021年09月12日
教養って大事だなって…
— 雨森@修羅場入り🍇🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑 (@mmr_tk) 2021年09月13日
有識者の解説助かる
— し゛えす (@c1c0m1rett0) 2021年09月13日
これが…教養…!