本稿は #FGO 清少納言「幕間の物語」のネタバレが含まれます。
・FGO清少納言を知らない人でも楽しめるよう書きましたが、それでもいつかあるかもしれない初体験を大事に。未履修の方はミュートかブロック推奨です・以下、10分で読めるFGOをより楽しむための『枕草子』解説です
・ではいざ(長いよ— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・清少納言「幕間の物語」では中宮定子(シルエットがマリー王妃だったの超グッときました。悲劇の妃つながりですね)と「くしゃみ」のエピソードが語られますが、『枕草子』を読むと、このシーンは「清少納言」のキャラクター性に深い所縁があることがわかります(だからこそ取り上げたんだろうなと)
— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・この話は『枕草子』「宮に初めて参りたるころに」(三巻本一七九段)、つまり清少納言が新人の頃の回想譚にあります
・非常に長い章段で、このシーンはその段の最終盤に登場します
・幕間で語られているとおり、ある日、雑談の途中で中宮定子が「わたしのこと、思ってくれてる?」と問いかけます— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・すごいですよね、当時平安京女性貴族最高位がいきなり新人女房に「わたしのこと好き?」と聞くとは…
・この部分だけ読むと「パワハラかよ」と思えますが、この章段では、定子が繰り返し清少納言を気にかけて、細々と気遣い、世話を焼く様子が描かれています
・ここは大変趣深いので原文を引用します— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
(角川ソフィア版『枕草子』より引用)
ものなどおほせられて、(宮)「我をば思ふや」と問はせたまふ御答へに、(清少)「いかがは」と啓するにあはせて、台盤所の方に、はなをいと高うひたれば、(宮)「あな心憂。そら言を言ふなりけり。よしよし」とて、奥へ入らせたまひぬ。
(原文ここまで)— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・「よしよし」って(二度見しますよね)
・定子の呆れながらも親しみを込めた様子と、それを思い出しながら書いている清少納言の筆が躍っているのがわかるような言葉遣いですよね— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・先ほどの「思ってくれてる?」に、清少納言は原文で「いかがは」(「どれほど○○でしょうか、いや、ない」の反語表現)と返しています
・ここ、覚えておきましょう
・「(直接言葉にできないくらい)大好きです!」と答えていて、幕間にもあるとおり、そう言った直後に誰かが近くでくしゃみをします— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・当時「近くで誰かがくしゃみをすると、嘘などよくないことが起こる」という俗信がありました
・定子は「あ、凹むわー。(誰かがくしゃみをしたということは)それってつまり、嘘だってことね。まったくもう、はいはい、よくわかりました」と言い残して、部屋から退出してしまいます— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・この時点で定子さま満17歳(清少納言は推定28歳)、当時の王侯貴族とある種の少女が持つ「嗜虐的な性質」…という解釈もできるのですが、わたくしはここに、新人女房に対する定子の教育的な性格、もっというと「定子が目指した後宮の文化的な在り方」が現れているとも考えています
— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・簡単に言うと、定子は「才能があるな」と見込んだ新人女房に無茶振りを仕掛けることで、「あなたは【こういう問いかけへの当意即妙】を鍛えることで、もっとその才能を伸ばして宮中で活躍できる」と考えていたのではないか
・あるいは、そういう後宮女房組織を目指していたのではないか— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・というのも、「そんなぁ…」と落ち込む清少納言の元に、翌朝、定子から和歌が届きます
(宮)「いかにして いかに知らまし偽りを 空に糺の神なかりせば」
【私訳】(「言い表せないほど」というけど)どうやってあなたの本心を知ればよいのでしょう。空になんでも見通す「糺すの神」がいないとすれば— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・「糺すの神」とは賀茂御祖神社(下鴨神社)の境内にある「糺の森」に棲まうとされた嘘を見通す神様のことです(この神が誰かにくしゃみさせたと)
・清少納言は宮中に務める前から祭りや天皇の行幸、賀茂詣が大好きで、しょっちゅう下鴨神社へ見物に出かける趣味があり、宮中でもその話は有名でした— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・つまり、定子の送ってきた歌は、清少納言が咄嗟に答えた「いかがは」という返答を和歌内に組み込み、さらに「空言(そらごと=嘘)」と「空」、そのうえ清少納言がよく通っていた下鴨神社ゆかりのフレーズ(糺す神)を盛り込んで、追い討ちのジョークを仕掛けてきたわけですね
— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・定子さま、どんだけ賢いの…
(和歌を送るということは、相手に返歌、返答のチャンスを与えるということでもあります)
・これに対し、当時新人女房であった清少納言は、(うまく返せない)悔しさをこらえながら以下の返歌を送っています— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
(清少)「薄さ濃さ それにもよらぬ はなゆゑに 憂き身のほどを見るぞわびしき」
【私訳】花弁であれば薄かったり濃かったりがありますが、わたしの定子さまへの想いの花はそうしたムラがあるものではありません。ああ、どうすればこの切ないわたしの想いをわかってもらえるでしょうか…— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・「花」と「鼻(=くしゃみ)」を掛けて返しているわけですね
・それなりに頑張ってはいますが、先程の定子の歌と比べるとやはり「ひねり」が足りていません
・返歌を送ったあとにも、清少納言は「それにしても、ああ悔しい、なんであんなタイミングでくしゃみなんか…」と愚痴っています— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・おそらく清少納言は、元々わりと愚痴っぽいし、自分にそれほど自信があるタイプでもなく、あれこれ思い込んで引きずる性格なんですよね
・それでも『枕草子』を読むと、定子に仕え、この手のやり取りを重ねるなかで、清少納言が徐々に華やかに、自信を持った態度を身につけていくことがわかります— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・教養と機智を愛する両親に育てられた定子は、自らの後宮を互いが磨き合う文化的な訓練場のような場所にしたかったようです
・だからこそ清少納言も才能を開花させ、男性貴族と丁々発止のやりとりとライムバトル連戦連勝を重ね、(出仕前の清原諾子から)段々と「清少納言」になっていったわけですね— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・前述のとおり、「宮に初めて参りたるころに」という章段では、全編にわたり、定子が清少納言のことをあれこれ気遣う様子が描かれています
・それでも清少納言は緊張し、恐縮し、泣きそうになって、(顔を上げられず土下座したままなので)ちらりと見えた定子の指先の美しさ、可憐さを書き留めます— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・(その指先はまるで)「薄紅梅なるは、限りなくめでたし」
・当時、高貴な人物が新人女房に肌を、それも(性的な象徴でもあった)「指先」を見せることは、きわめて異例だったと言われています
— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・定子はそれだけ清少納言のことを気にかけていたということだし、またなにより「薄紅梅」は春を代表する花です
・清少納言にとってその美しい指先は(雪を溶かし、新しい季節がはじまる)「春」の訪れのように感じられた、ということなのでしょう— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・(長々と回り道をして)FGOに戻って
・今回の幕間シナリオでは、清少納言の初期の初々しい、動揺してテンパったくしゃみエピソードと、主人公による「何をどうすればあんな人に……?」という(カルデアでの)陽キャでパリピな姿とのギャップが語られます
— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・FGOに登場する「なぎこさん」は、創作された虚構の存在であることは間違いありません
・そして同時に(『枕草子』の筆者とされ、その文中にたびたび登場する)「清少納言」もまた、信念を抱いた人物とある種の「場」、さらには訓練と研鑽により創造された「キャラクター」だとも言えるわけです
— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・こうした「キャラクターの交錯点」が、幕間の物語冒頭で語られた「(FGO内で主人公が)初めて出会った時から、彼女は、既に清少納言である事をやめていた。」につながるわけですね
・「やめた」のは、それが「あの人がくれた、役柄と物語だったから」と
・いやーおもしろかったです、「幕間の物語」— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・最後に余談をひとつ
・清少納言は(この一件があったからかどうかはわかりませんが)「くしゃみ」に対して長く苛立ちを持ち続けます
・そのことがわかるのは『枕草子』屈指の毒舌章段、三巻本二十五段、そのものずばり「にくきもの(腹立たしいもの)」ですね— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・「忙しい時にやってきて話の長い客」
・酔っ払ってヨダレを飛ばしたり無理やり酒を勧めるやつ」
・「寝てる時に顔の周りを飛ぶ蚊」
・などと並んで書かれる、「大きな音を立ててくしゃみする人、なんなの。立派な(広い)家の男主人でもあるまいに」
・きっつ— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
・よっぽど腹立たしかったんでしょうねえ、あの時のくしゃみ(了)
以下参考文献
『新版 枕草子』石田譲二訳註
『新潮日本古典集成 枕草子』萩谷朴校註
『学びを深めるヒントシリーズ 枕草子』早稲田久喜の会編著
『うた恋。』3巻 杉田圭著— たられば (@tarareba722) 2020年12月20日
何だろうなぁ「枕草子」って学校で習った時はちっとも頭に入らんかったけど
この解説は面白いし頭に入るわ